今回の豪雨で被害に遭われた皆様にお見舞い申し上げます。

伝染病は神様からの警告かもしれない~神判記実より

今日はちょうどこの時期ですから、一つ参考になる話が書かれていましたので、載せておきます。

神判記実より抜粋です。この本は伊勢神宮の神職であった山口起業さんが、全国に伝わる、神様がお出ましになって人間に関わられたお話を、明治42年一冊にまとめた本になります。この本を読むと、様々な神さまの世界と人間の世界の法則というものが見えてきます。

大幣の神徳により疫病除かれ、人心改まる

寛永2年の冬の話になります。

ある里の、一つの集落の人たちが伊勢神宮に参拝して、ある人の家に泊まって、話を聞くことになりました。その中の男性ひとりが話すには

「私はもともと、神様の御徳などそんなに尊ばないといけないということを知らずにずっと過ごしていましたが、今年の夏から秋にかけての疫病がたいそう流行ったことで、そのために死ぬ人が多く、自分の家でもみんなその病気が伝染して、元気なのは私一人でした。

それで流石の私もなんとも心細くなってしまって、何も頼るものもなく、今日は熱が出るだろうか、明日は病気が感染っているんじゃないだろうか、と毎日悩んでいるときに、ふと心に浮かんだのが、今は大神にお願い申し上げることしかないだろう、と思って、毎年頂いていた伊勢神宮の祓えの幣を戸棚に収めていたのを、家の清浄な床に出して改めてそれを奉り、その前で

『今年こんなに世間が悪い病気に染まってふせるようになりましたのは、全く人々の行いが悪くそれを罰されたからでしょう。そうであるならば、まず今から私からそしてその後仲間一同もその罪を贖うために善い行いを積みます。ですから、どうか家の中に病んでいる者の苦しみを緩めて、命を救ってください。』

とお願い申し上げて、一心に誓いを立て、ひたすらに祈願を申し上げたところ、不思議にもその夜、病んでいる家族の夢に、あの置いていた大幣から光が放たれているのを見たという者が出ました。それから日が経つにつれて、患ってどうすることもできなかった家族が、自然に熱も下がり、皆一命をとりとめたのでした。そして、近隣の家々にも事の訳を話して、皆も善行を積むようにしてほしいとお願いしたら、信じてよい行いを努めたものは皆、難病を逃れて命が救われました。

そのお礼参りということで、今ここに皆で参ったのです。」

その後は、毎年伊勢にお参りすることを怠らず、いつも神徳のことを語って喜んで尊び、道を歩いていた時に物が落ちていれば、なんとしてでも持ち主に返すようにしたり、また盲目の人をみたら深く同情をしめしました。そういった、周りの人の役に立つことをいつも考え行動している一段で、正しくない人は一人もいなく、皆伊勢神宮の信奉者となったのでした。

このお話からわかること

分かったことをまとめてみます

①昔の人は伝染病が流行ると「人々が罪を作り続け、それを神様が罰せられた。」と捉えていたこと。

②実際にそうだったのか、善行に改める事を誓い、病気を治してほしいと神様にお願いすると、病が治っていった。

③人々のために生きること、良いことをしていくこと、これを神様が人間に望んでおられるということが考えられる。

今となっては、そう捉えることはなくなってきていますし、不謹慎な発言とも言われるかもしれませんね。それでも、この結果から見ると、やはり、こういった伝染病は「人の行いを改めないといけない。良いものに変えていかないといけない」、という風に捉えないといけないのではないかなと思います。