毎日雨がじゃんじゃんの梅雨時期が続いています。お陰様で家庭菜園している野菜がよく育っています。

私たちのタマシイは、魂(こん)と魄(はく)で出来ている。

色々な方から質問が来ています。ありがとうございます。それらのご質問をベースに、皆様にお役に立てる情報と思える部分を今後も出していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。

さて、今日のお話は、私たちの魂(タマシイ)のお話です。

私たちは皆、高天原の魂をいただいて生まれてきている。

私たち皆、例外なく、高天原の神様の魂をいただいて生まれてきています。一番わかりやすいのが、自分の心に良心があることは感じておられるでしょう。

この良心こそ、高天原の神聖です。誰もが生まれ持ってきているのですね。生まれる直前に、この高天原の神々の魂が、生まれてくる前に体内の中に入れられて、私たちは誕生します。

この神聖な部分は、魂(こん)と呼ばれています。

と同時に、エゴの魂も持ち合わせている

この世の中には、神もいれば悪魔もいますね。陰と陽で成り立っています。私たちの魂も陰と陽で成り立っているのですね。上記した高天原の神聖の部分が「陽」であり、その反対の「陰」の部分を持ち合わせていることです。

この「陰」の部分を「魄(はく)」と言います。

昨今のスピリチュアル信仰では「あなたは完全です」とありますが、ある意味、魂(こん)があるので本当ですが、魄(はく)もあるので、それを信じすぎると、これが傲慢になってしまうのですね。

魄(はく)の種類

魄には種類があります。細かくととてもややこしくなりますので、ざっくりと書きます。本来はもう少し細かく分けられています。

まず、男性は精液の中に、そして、女性は月経の中に持ち合わせているもので、陰気から成っています。

7魄の種類

①むさぼることを司る鬼

②食をつかさどる鬼

③淫をつかさどる鬼

④盗をつかさどる鬼

⑤妄想をつかさどる鬼

⑥善を破る鬼

⑦いっさいの欲望をつかさどる鬼

これを男女ともに既に持っています。妄想に溺れてしまうのも「魄の部分」だとは驚きです。

また、もともと私たちの本能の中にも次のものを持っています。

本能欲である五族(ごぞく)

①暴・・・・激しく荒々しい

②淫・・・・・色欲・性欲

③奢・・・・奢り。贅沢をする。

④酷・・・・思いやりがなく、人に厳しい

⑤賊・・・・人を傷つけ、損なう

この本能欲、この五族は利己欲と呼ばれるものです。皆例外なく、持っています。この五族が常に魂魄を弱らせて、人を堕落に導くそうです。

そして、身体の臓器にもそれぞれ虫が住んでいます。

セラピーをすると、虫が出てくることがありますが、これがその体の中に住んでいる虫になります。幼い頃、ギョウ虫検査ってありませんでした?(今もあるのかな)あれでぎょう虫が体の中にいる時は、癇癪ガチになったり甘いものが異常の欲しくなるといった現象が起こると言われていますが、昨今では衛生面で清潔になってきたため、体内にぎょう虫がいることは少なくなりました。それでも、目には見えない「虫」がやはり存在するということです。

「泣き虫」とかいう言葉もありますね。これも体内に住んでいる「虫」のことかもしれませんね。

すぐ爆発する人も、この虫が影響しているということです。

さまざまな厄介な感情、というのがこの「虫」に当たるのだと思います。

魄の部分に悪が感応してくる

ざっくりと「魄」の種類を挙げてみました。身体中に魄はあるのですね。

そして、この「魄」の部分に、悪霊や悪魔、狐賓霊(動物霊などを含む)が感応してきます。欲はさらに増長し、また干渉をして来ます。

根っこは「自身の魄」になるのですね。魄というのは、わかりやすく言い換えれば、我(エゴ)になります。

憑いている・憑いていないといった話がよくありますが、憑依現象や怪奇現象が大きく起こるというのは、自身の中に、大きく魄がある、ということになるのですね。ですから、いくら霊的なものを祓っても、この「魄」をなるべく抑えて「魂」を大きく発揮しないと、完全に祓えることにはならず、またその現象が再発するはずです。

皆、魄を抑え、上へ上へと目指しながら生きている

神様と人間は次元が全く違うそうですが、神様でさえも、この「魄」をお持ちになっており、これをいかに取り除いて、上の階の神様になろうと努力されているそうです。

また天狗界でも、神様に少しでもなれるよう、「魄」をいかに脇に寄せるかしているそう。

そして、仏仙界という僧侶がいらっしゃる界でも神に近づこうと、魄を抑えることに励まれているそうです。

人間もそうですよね。どこかで「いい人にならなければ」というのを持っていますよね。これも我々が神を目指している証拠だと思います。

ずっと我々の魂(タマシイ)は、上を上を目指します。

魄を祓いながら生きていくこと

この「魄」を完全に無くしたいと日々人間がどんなに努力したとして、死ぬときには全体の30%しかできないそう。だからどんなに頑張っても、魄を完全に無くすことは無理だとのことでした。

人は、、魂には知恵も思いやりも、その魂(こん)の中に含まれているのですね。なので、魄の声を抑えると、魂の働きが強まりますので、どう生きていったらいいのか、自然とわかるのですね。あまりにも大きな魄があるので、間違った考え方・見方をしてしまい、間違った選択をしてしまうのです。そして、取り返しのつかないことになることもありますよね。

魂は神々のものであるので、既に答えを持っています。魂(こん)が生きて活躍してこそ、正しい選択ができ、そして、それはいい方向へ自身を導いてくれるのですね。

つまり、適切な行動ができますので、問題事が起きませんから、自然と開運へと導かれるのです。

また魂を発揮して生きる生き方は、周りの人を幸せにする行動でもありますね。一人のこの魂を根とする言動が大きく周りをいい方向へと変えていくのですね。このような生き方が世界も平和になっていきますね。

ただ、本当に至れり尽くせりの便利な時代なので、各々の魄の働きが活発になっていると考えられます。

いい例が、例えば、コンビニなんかもありますね。すぐ買えてしまいますよね。便利なのですが、いつの間にか「待つ」ということなど、忍耐の力が弱くなっている、という現実もありますよね。忍耐の力がないと、他の人のことが考えられなくなりがちになって、ついつい自分中心に行動をとってしまいます。

これをいかに魄(我)を抑えて、魂(こん)をどれだけ蘇らせられるか、それができなくともなるべく中心に持っていこうとすることが、これが神に近づく生き方であるというのは先に書いた通りです。

神様も仏様も、そして善玉天狗もみんなこのように励んでおられ、動物もそうです、生きとし生けるものがこのような生き方をしていることは、この生き方は自然真理なのかなと思います。

生きているのは、タマシイの修行ですね。

死後、この魂(こん)をどれだけ活躍させたかというのを、大国主様によって評価されることになっているようですし、今のうちに修行を頑張っておきたいものです。

まとめ

大切なことを書き忘れていました。

魂を発揮するためには、まず上に書いた「七魄」を払うことからすれば、虫やら五族も自然とおさまり、整ってくるそうです。

あまり難しく考えず、ゲーム感覚でやっていくとこの修行も楽しいと思います。

なるべく。できる範囲でが一番ですね。例えば、他人のために一日一善と意識するだけでも違うでしょう。今の時代、急にあれもこれもとすると、逆に倒れ込みそうです(笑)

また。今されているお仕事を心を込めてされることは、これは立派な魂を生かした一番の生き方だと思います。

そして、「自分の心のままに」とスピでも言われていますが、あれはまた違って、魄が少ない状態でそうされるのはいいのですが、魄が多い人がそうすると、世が乱れます。

そうではなくて、自分が世のため人のためにと、その場が調和のとれる存在でいれるよう、自身の心をコントロールしないといけないのです。

(またいつか書きますが、スピリチュアルは、ユダヤ教を中途半端に知ったユダヤ人の教えであり、また共産主義者から作られ流されています。)

少しずつ、魂(こん)を意識した生き方にしていくというのは、自分のためにも人のためにも、家族のためにも、国家のためにも、とても大切なことのような気がします。

私も頑張らなくちゃ、と思っているところです。今日もありがとうございました。