虫の夢を見たら、それはいいことです
こんにちは。いつもブログにお越しくださりありがとうございます。
今日は虫の夢についてお話し書いてみようと思います。
虫の夢を見ました、というお話を、よくお聞きします。
一人や二人ではありません。 本当に、多いのです。
そして、たいてい皆さん、少し怖がっておられます。 何か悪いものではないか、と。
先にお伝えします。 逆です。

虫は、隠れています
虫は、隠れているものです。
床下、押し入れの奥、家具の裏。 普段は見えないところにいます。
見えないところにいる間は、こちらは何もできません。 いることにも気づけません。
昔から日本語には、虫のつく言葉がたくさんあります。 疳の虫、腹の虫、虫の居所が悪い。
自分の意志ではないのに、体や気分が勝手に動いてしまう。 昔の人は、それを「虫」と呼んできました。
これも同じで、普段は隠れています。 自分でやっていると思っている間は、ずっとそこにいられるのです。
順番が、決まっています
もうひとつ、お伝えしたいことがあります。
虫の夢のお話を聞かせてくださるのは、浄化を始められた方が多いのです。
しかも、たくさん出てくる、とおっしゃいます。 一匹ではないのです。
順番が、いつも同じです。
先に浄化があって、そのあとに虫の夢が来ます。
逆はありません。 何もしていない時に、急に虫の夢を見た、という方はほとんどおられません。
だから、出てきたのはいいことです
夢に虫が出てきたということは、隠れていたものが、表に出てきたということです。
見えたのです。
見えたものは、もう隠れていられません。 居場所を失った時に、姿を見せます。
掃除を始めると、まず埃が舞います。 片付けを始めると、部屋は一度ひどくなります。
同じことが、目に見えないところでも起こります。
だから、虫の夢は、悪くなった知らせではありません。 たいていは、その反対です。
私の家でもありました
ある朝、主人が「神棚の前にゴキブリが二匹出てきた」という夢を見たと言いました。
その二日後、神棚の部屋に、本当にゴキブリが出ました。
夢が、場所まで言い当てていたことになります。
その前後、私は家の浄化をしていました。 きれいにしはじめたら、隠れていたものが出てきた、という順番です。
もうひとつ、私自身のことです。
六月に、神社からの帰り道で、虫が二匹、落ちて死んでいるのを見ました。 八月には、目を閉じている時に、同じものが三十匹ほど、やはり落ちて死んでいるのが見えました。
数は増えていました。 けれど、どちらも死んでいました。
生きて動いている姿ではなかったのです。
脅かしに来たのではなく、終わったものを見せられたのだと思っています。
誰でも、持っています
念のため、書いておきます。
虫は、誰でも持っています。
持っているから駄目なのではありません。 きれいな人だけが持っていないのでもありません。
ですから、夢に出てきたことを、自分の恥のように思わないでくださいね😊
体の中にいるもののことは、また別の日にお話しします。 昔から名前がついていて、担当まで決まっているのです。
追いかけなくても大丈夫
それが何なのか、どこから来たのか、誰のものなのか。 そこを追いかけなくても大丈夫。
心を向けたところに、力が集まります。 名前をつけて考え続けると、そちらが大きくなります。
出てきたものは、見えた時点で、もう居場所を失っています。 「あ、出ていくところだな」と思って、そのまま見送ってください。
窓を開けて風を通す。 一か所だけ掃除をする。 カーテンを開けて、明るい音楽をかける。
それで十分です😉
現実のほうは、現実で
秋になっても、普通に虫は出ます。
部屋に虫がいたら、それは意味を探すことではなく、片付けることです。 体の具合が悪ければ、お医者さまです。
全部を見えないもののせいにしないほうがいいです😊 そちらのほうが、よほど自分を守れます。
見えた日は、片付いていく日
虫の夢を見て、朝いやな気持ちで目が覚めた方へ。
それは、悪い夢ではありません。
ずっと隠れていたものが、やっとこちらに見えたのです。 見えたということは、出ていくところだということです。
見えた日は、悪い日ではなく、片付いていく日です。
