なぜ、愚痴を言う人は、人が離れていくのか
こんにちは。いつもブログにお越しくださりありがとうございます。
不思議に思われたことはないでしょうか。
悪い人ではないのです。 むしろ気さくで、話しかけやすい方だったりします。
それなのに、気がつくと、周りから人が減っている。
実はオーラの上では、こういうことが起こっています。
みぞおちに、濁った紫色が溜まります
愚痴を言っている時。 人のことを悪く言っている時。
みぞおちのあたりに、濁った紫色のねばねばしたものが溜まっていきます。
澄んだ紫ではありません。 淀んだ、重たい紫です。
どんなに波動を高くしていても、これは別です。 せっかく高くしたところへ、上から悪いものを流し込んでいるようなものです。
みぞおちは、自分の力の場所です
ここは第3チャクラと呼ばれています。
自分で決める力。 自分はこうしたい、と思う意志。 ここからここまでが自分、という線を引く力。
本来は、黄色い光の場所だと言われています。お日さまの色です。
ここが濁ると、自分で決められなくなります。 人に振り回されるようになります。
そこから、相手にコードが繋がります
そして、溜まったところから、聞いている相手にコードが繋がります。
管が通るようなものです。
こちらの濁ったものが、そのコードを通って、相手のみぞおちへ渡っていきます。
聞いてもらってすっきりした、と思っている時。 実際に起きているのは、それです。
ご本人には自覚がありません。 ただ聞いてほしいだけで、悪気はまったくありません。
いい人から順に、離れていきます
今は、みなさん波動にとても敏感になっている時代です。
最近、クライアントさんとお話ししていても、こうおっしゃる方が増えました。
「人のネガティブな話が、ダメになりました」
前は普通に聞けていたのに、今は聞いていられない。 そういう方が、本当に増えています。
昔なら言葉の内容で判断していたところを、今はもっと手前で分かってしまいます。 理屈ではなく、体のほうが先に反応します。
そういうものを感じ取ると、生理的に逃げるような感じになるのです。
そして、波動の高い人ほど、その感覚が鋭いのです。
だから、いちばん敏感な人から先に、静かに離れていきます。
何も言わずに、そっと距離が空きます。
会えるはずだった人と、会えなくなります。 しかもご本人は、なぜ人が離れていくのか分からないままです。
友達の定義も、変わってきています
お友達なんだから、何でも話せる。
それが友達というものだ、とされていた時代がありました。 そういうものだと思ってこられた方は、多いと思います。
なんでも話せるのが友達だから、遠慮なく、とめどなく話す。 それが親しさの証でもありました。
でも、今はどうも違ってきています。
とめどなく話していると、相手が抱えきれずに、離れていく時代になりました。
悪気があったわけではないのです。 教わってきた友達の形を、そのままやっていただけです。
ただ、受け取るほうが変わりました。
ここからが、いちばんお伝えしたいところです
こう書くと、愚痴を言ってはいけません、という話に聞こえると思います。
でも、そうではないのです。
実は、言葉そのものが濁らせているのではありません。
決めているのは、その下にある向きです
同じように愚痴を言っていても、そこまで濁らない方がいらっしゃいます。
軸に「自分でなんとか解決しよう」がある方です。
言ってはいるけれど、心のどこかで、どうにかしようと思っておられる。 人のせいにして終わらせるつもりが、ない。
そういう方の言葉は、不思議とねばねばになりません。
同じ出来事を、同じ言葉で口にしていてもです。
濁らせているのは、言葉ではありません。 その下にある、その人の向きのほうなのです。
だから、黙るだけでは変わりません
ここは、大事なところです。
言いたいことを飲み込んで、黙っている方がいらっしゃいます。
でも、飲み込んだだけのものは、まだ持っています。 言葉が止まっただけで、向きは変わっていません。
だから、みぞおちは濁ったままです。
我慢は、手当てにはなりません。
向きは、こうやって戻します
たとえば、誰かに悪口を言われたとします。
次は気をつけよう。 いつか分かってもらえるだろう。
そんなふうに、自分の中でなるべく解決するように変えていくのです。
きれいごとを言っているのではありません。 自分のところで、その話を終わらせてしまう、ということです。
終わったものは、外へ出す必要がなくなります。
見分け方は簡単です。
まだ誰かに言いたくてたまらないなら、まだ向きが戻っていません。 言う必要を感じなくなっていたら、戻っています。
言いたい気持ちそのものが、そのままお知らせになっています。
それでも、人の前では気をつけてください
向きが戻る前に口から出てしまうと、その場でコードが繋がります。
ですから、戻るまでは、なるべく人の前では出さない。
これは我慢しなさい、という話ではありません。 順番の話です。
先に自分の中で終わらせて、それから話す。 その順番なら、何を話しても濁りません。
専門家に相談することはいいこと。ただし。
私のような者に言っていただくぶんには、かまいません。それが仕事ですし、こちらは受け取って流す用意があります。
ただ、愚痴を言うことそのものが癖になってしまうと、本末転倒です。
軽くなるために話していたはずが、話すための出来事を探すようになります。 そして探せば、必ず見つかります。
出しきって、少し落ち着いてきたら。 そこから先は、自分の中で変換していこう、という気持ちが大切になってきます。
全部を一人で、と言っているのではありません。 できる時に、で大丈夫です。
言ってしまった日は、責めないでください
最後にひとつだけ。
言ってしまう日は、あるのですよね。
その時に、また言ってしまった、とご自分を責める方がいらっしゃいます。
でも、責めるというのも、向きの一つです。 自分に向かって、人のせいにしているのと同じことをしています。
責めた分だけ、またみぞおちが濁ります。
ああ言っちゃった、で終わりにしてください。 それがいちばん濁りません。
みぞおちが澄んでくると
コードは繋がらなくなります。
自分の力の場所が、黄色い光に戻っていきます。
自分で決められるようになって、人との線も引けるようになります。
そして、人間関係も、良いものに変わっていきます。
会えるはずの人に、ちゃんと会えるようになります。
