文化を守り続けることの方が結構大変だと思う。
いつもブログにお越しくださり、ありがとうございます。
今日は色々とバタバタした1日でした。すみません、LINEのお返事をするタイミングを逃してしまった方も・・・失礼しました。先ほどボーッとしている時に、お返事していないことに気づきました。ごめんなさい。
今日のカウンセリングで、少し気になったお話があったので、書かせてもらいますが。
「神棚に祈るのはいいのだけど、そこで祝詞を唱えるのはちょっと行き過ぎた行為ではないか?」とご主人から言われたそうです。これ、でも、ま、分かりますよね。ご主人のお考えも理解できますし、こういった方がほとんどだと思います。
いろいろな新興宗教の影響を受けていて、こういった神仏に祈ることがやはり頭おかしくみられてしまう昨今ですよね。
あとやはり科学の進歩ですね。エビデンスだなんだっていつの間にか「証明は証明は」と口を揃えて求めて、そういった直感・感性を大切にしてきた生き方がいつの間にか馬鹿にされるようになりました。その「エビデンス」ばかりを頼りにするとどうなると思います?直感や感性が鈍るのですよね。自分の思ったこと・感じたことが信じられなくなる。結局、これで先祖からいただいている日本人特権の神仏と繋がれるDNAが発揮できなくなりつつあると思います。
でも、そもそも、日本の民族は神に祈って生活していました。そして、感性を大切にして生きてきたのですね。理論ももちろんあってもいいと思うのですが、そんな論じなくとも、もともと感性でわかるものもありますよね。
例えば、「子どもが小さい時にはお母さんの愛情をたっぷりと受けた方がいい」とかいうのも、いちいちエビデンスなんていらないですよね。そんなもの、そういった理論的なものいらないと思うのですよ。感性でそんなこと、分かりますよね。なぜ全てのものにエビデンスを求めてしまうのでしょうかね。
目に見えない大切なものが排除されつつあります。特に文化が壊されようとしつつあるように感じます。今後グローバル化がさらに加速していくでしょう。
例えば祝詞なのですが、勿論、私はみんなが祝詞を唱えないといけないとは思いません。が、それを信じて唱えている方は自信を持っていただきたいなと思います。誰にも迷惑をかけてはいません。先人がこの言葉を作ってくれていたおかげで、無料で神様に祈りや願いが通じるのです。誰でもいつでもどこでも、無料でできることなのですよね。これほど優しい宗教があるでしょうか。そもそも神道は宗教ではないのですね。縄文時代から続いている私たちの当たり前にやってきていることなのですよね。
こういったずっと続いてきている文化です。私は、こういう文化を大切にしながら生きていくことの方が、素晴らしい行為だと思うのですよ。壊すのは一瞬でできます。グローバル化の声が強くなっていますが、そういった声に屈することなく、堂々と神様と繋がって、後世に残していきましょう。こういった人が何割かいるかで、将来の日本は違うと思います。
ちょっと書いていて思い出しましたが。
「アマテラスオオミカミ」と唱えるといいという文章を見ていたので、これを十言神呪というのですが。神棚を作ってすぐの頃、唱えていたのですよね。本当に今思い出しても不思議なのですが、うちは「天照大御神のお札」と「住吉神社のお札」と「出雲大社のお札」、合計3枚を貼っているのですが、十言神呪を唱えている時、何度も何度もその天照大御神様のお札だけ落ちるのですよ。他の2枚は落ちないのに。唱えると、天照大御神様のお札だけ落ちるのです。ですからテープを張り替えては、もう一度貼るのですが、それでも十言神呪を唱えると、落ちていました。最初は恐ろしくも感じました。でも、慣れてくるとですね、天照大御神様に通じているのかなあと思っていました。
これも先人から伝わっている「十言神呪」ですが、嘘でもなんでもなく霊験があるのですよね。よく伝えてくださったと思います。
こうやって信じて続けていれば、神様がいらっしゃるということ、どなたでも分かります。信じておられる方は、誇りを持ちながら守り続けましょう。