遠慮していいんですよ
こんにちは。いつもブログにお越しくださりありがとうございます。
今朝、出てきた言葉がありました
先日、こんな夢を見ました。
地下の駐車場で、車を停めようとしていました。 主要道路の邪魔にならないように、と思って、端に寄せたんです。
そうしたら寄せすぎて、隣の柱に自分の車を当ててしまいました。
この夢を、何日かかけて思い返しています。 一つの夢の中に、いくつも入っているものですね。
それで、今朝になって出てきた言葉があります。
遠慮していいんですよ。
スピリチュアルの中の、大きな誤解
自分を出しましょう。 自分の思ったように生きましょう。 自己主張しましょう。
スピリチュアルの世界では、こういう教えをよく聞きます。
そして、それを受け取った方の中には、遠慮する自分はいけないのだ、と思ってしまう方がいらっしゃいます。
私が一番まずいなと思うのは、そこから先です。
自分を出すことに一生懸命になると、相手の気持ちがわからなくなってしまうんです。
出せない自分、遠慮する自分を、良くない行動だと思ってしまう。
でも、違うんですよね。
それから、この教えは、受け取る方によって、真逆のことが起きているように思います。
思ったことをそのまま言える方は、この教えを受け取って、どんどん表現していかれます。
そして、いつもまわりをよく見て気を遣っている方は、それができない自分を責めてしまうんです。
自分が何か悪いことをしているみたいに、受け取ってしまうんですよね。
スピリチュアルは、少し極端なことを言っていると思います。
若干、言えればいいんですよ。
夢が言っていたのは、そこではありません
私の夢は、端に寄せたこと自体は責めていませんでした。
見せてきたのは、寄せすぎたほうです。
いい塩梅の遠慮なら、それはちゃんと人のためになっています。 道が空いて、人が通れる。
寄せすぎたところから先だけが、自分を痛めつけることになります。
だから、遠慮をやめなさい、ではないんです。 いい場所を見つけなさい、というだけのことでした。
そして、そこが見つかったら、それでいいんですよ。
ぐるぐる考えてしまう方へ
もう一つ、関連して思ったことがあります。
自分の発言に、ものすごく気を遣う方がいらっしゃいます。
あんなこと言ってよかったのかな、と後になってぐるぐる考えて、自己嫌悪に陥ってしまう。
あれ、ご自分では苦しいと思います。
でも、もしそれが一切ない性格だとしたら、どうでしょう。
思ったことをバンバン言い始めて、相手を傷つけてしまいますよね。
ぐるぐるしている間、その方は反省して、学習しているんです。
次はこう言おう、と。 その一瞬一瞬を、学習しています。
だから、責めるべきことではありません。 むしろ、とてもいい能力だと思うんですよ。
実際、そういう方ほど、ものの言い方がお上手です。 バンバン言う方のほうが、人間関係のトラブルは多い。 そういう傾向は、あると思います。
ただ、ここにも同じ線があります。
次はこう言おう、で終わるぐるぐるは、学習です。 私はダメな人間だ、で終わるぐるぐるは、ただ自分が削れているだけです。
柱に当たったところが端だった、というのと同じことですね。
やりすぎはいけませんけれど、多少のものは、あっていいんです。
遠慮ではなく、心遣い
言葉を変えてみてもいいかもしれません。
遠慮というと、引っ込めた、というふうに聞こえます。 しなかったことのほうを指している言葉なんです。
でも実際にしているのは、心遣いです。 気遣いです。
相手を見た、というほうを指しています。
同じ行いなのに、名前が違うだけで、自分の見え方が逆になります。
そして、頼っていいところは、頼っていいんですよ。少し緩めることは、相手を信じることでもありますから。
みんなが役割を持っているだけ
夢の駐車場のことを、もう一度思い出しました。
みんなが事故に遭わずに、そこにいられる。 目的を持って停める人がいて、さっと歩いて通る人がいる。
それぞれが役割を持って、そうしているだけなんですよね。
調和というのは、たぶんそういうことだと思います。
自己表現が悪いわけではありません。 活動的に、注目される場では、それでいいんです。
でも私は、遠慮は悪いとは言われていない、と思っています。
